岐阜市・戦後復興の問屋街 1

今回からは、岐阜駅の北西に位置する問屋街を紹介します!

歴史をすごく簡単に紹介します。
戦後間もない頃、満州からの引き揚げ者が古着や軍服をバラック小屋で売り始めた「岐阜駅前ハルピン街」が起源だそうです。その後、羽島や一宮など、近隣の都市から布を仕入れて服を作り、それを売るアパレル産業へと繋がっていきました。昭和30年代には、展示会や県外での見本市が開かれ、その知名度は全国的なものになりました。
で、その結果できた巨大な問屋街というわけです。

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問屋町ビル。
カクカクでかっこいいフォントですね!右側の「ファッションタウン」は、はね気味ですが昭和のオシャレを匂わせます。どちらも抜け落ちてるのが惜しいところ。

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問屋町ビルは…駐輪場になっていました(汗)
地方都市の駅前の問屋街だから仕方ないのでしょうけどね。

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駅前のアーケードには「常盤センイ街」「東通り」「中問屋町」という看板が並んでいますが、実はそれぞれのビルに通路があり、小さな繊維街になっているのです。
この日は日曜でお休みでしたが、今でも営業しているビルはあるようです。

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こちらにも繊維街が並んでいます。
多くのビルがシャッターが3枚組ですが、左右が店舗用で中央が通路用なのは想像がつきます。

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そして、このビルも含んだアーケード繊維街が「中問屋町」です。
迫力ある字。素敵です!

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ロマンを感じる曲がりくねったアーケードに沿って、ぎっしりと建物が並んでいます。
錆びついたアーケードがたまりません。

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上を見上げれば、電線や街路灯、アーケードの鉄骨やトタンなど、様々なものが見えます。
頭の上がこんなにごちゃごちゃしていることってなかなかないですよね。妙な安心感があります。



以上!
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