岐阜の繁華街遺産・柳ヶ瀬商店街 1

今回からは岐阜県岐阜市の柳ヶ瀬商店街を紹介します!

日本トップレベルのレトロエリアなので、たぶん長期シリーズになります。

まずは柳ヶ瀬商店街の概要を紹介します。


古くから岐阜市の商店街として栄えた柳ヶ瀬。
昭和5(1930)年の丸物百貨店開店から3年後の昭和8(1933)年には、遊技場が132軒を数えるほどの歓楽街になりましたが、空襲により焼け野原に。
しかし、昭和25(1950)年頃には復興して元の活気ある姿に戻り、その数年後にはアーケードも相次いで完成し、碁盤の目のようにアーケード街のある巨大な繁華街・歓楽街になりました。

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高度経済成長の終わりで失速しつつも、昭和51(1976)年に長崎屋岐阜店、昭和52(1977)年には、丸物百貨店改め岐阜近鉄百貨店、岐阜高島屋、昭和58(1983)年には、タマコシを改装したファッションビルのセンサ、平成2(1990)年に岐阜メルサと、大規模店舗の進出が進みました。
しかし、平成11(1999)年の岐阜近鉄百貨店閉店を筆頭に、約10年で高島屋を除く全てが撤退。
長崎屋岐阜店とファッションビル センサは未だに廃墟として残っています。


こんな波乱万丈の人生を歩んだ柳ヶ瀬商店街、廃墟だけでなく、古い商店や歓楽街の名残、アーケードなど、今でも驚くほどに当時のものが残っています。

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柳ヶ瀬商店街の地図。
こうして見ると、大通りに囲まれた範囲内のほとんどがアーケード街になっていることが分かります。

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まずは地図の下側(南側)の大通り、徹明通から。

芸術的でインパクトのある看板を発見。
こういうところに手をかけられるのは昭和ならではですね。

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徹明通は片側アーケードとなっています。
割と新しそうです。

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途中に広い駐車場があり、古い建物群の裏や側面が露わになっていました。

いつもなら見れない景色、なんだか不思議です。

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アーケード内には店舗名ではなく商店街名が書かれた看板があります。

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向かい側には昭和12(1937)年建築の「旧・十六銀行徹明支店」があります。
現在はギャラリーとなっており、今でも当時の美しい内観を楽しむことができます。


※…昭和の柳ヶ瀬・復興から繁栄へより。



以上!
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